2012年07月05日

朝のホーム

萬葉集と古今和歌集と新古今和歌集を一気に購入し、パラパラと読んでいる、新古今和歌集は洗練されていて文学性は高いのだけど、萬葉集の素朴さ、の方が読んでていて面白い。萬葉集の歌は今で言えば記念写真みたいなもので、遠出した役人とかがその土地の風景をただ詠んでいたり、でもそれを言葉にして並べると、意味が生まれて、文学になる。音楽もどこか遠くにいって何箇所かでフィールドレコーディングをして並べると意味が生まれて音から音楽になったりする。朝三鷹の駅で電車を待つ間、熱い日差しに照らされながら、鈴木昭男さんの日向ぼっこの空間を思い出したりしながら、今年もこれから熱さが二ヶ月も続くのかとおもってうんざりした。このところ、毎晩ユーロ2012のスペイン対イタリアの試合をすこしずつ観ている。最終スコアは4-0で圧勝という記憶と記録しか数年後には残らないのかもしれないが、この試合はスコアほどは実力が離れている訳ではなくて、ちょっとしたボタンの掛け違いがここまでのスコアの差を産んでしまうんだなという事がよくわかった。しかし、スペインの方が実力は明らかに上で、その差はなんなのか、理由は簡単で選手一人一人がスペインの方が巧い。スペインにはピルロが5人いるようなもので、イタリアにはピルロが一人しかいなかったという事なのか。イタリアファンには観るのが辛い決勝だった。
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2012年07月04日

2011年 10月22日 札幌

土曜日の午前11時、飛行機で札幌に向かうために家を出た。雨が強く、機材を入れたカートにゴミ袋を被せて、三鷹の駅まで向かう。ツアーや、ライブに行く時にいつも思うことだが、実は三鷹の駅まで機材を運ぶのが一番辛い作業だったりする、歩いて15分かかるし、歩道が石を組んだ路面で、カートの車輪が巧く転がってくれなかったり、自転車の人たちが我がもの顔で走ってたり、子供たちが遊んでいたり、主婦の人達が井戸端会議をしていたりと路面と道路の状況が悪い。その日は雨だったので、さらにひどく、今から考えると、今回の札幌ツアーも三鷹の駅までが一番辛かった。札幌は晴れているんじゃないかと想像していたが、予想は簡単に裏切られ、雨だった。JPで新千歳空港から札幌駅に向かう車中、雨の北海道の景色は素晴らしく旅情があり、簡単には忘れることができないくらい美しかった、そして奈良の景色を思い出したり、オーストラリアのシドニー郊外の景色を思い出したりした。奈良とシドニー郊外の景色を足して2で割ると、札幌郊外の景色になるんじゃないかとあれこれ思いを巡らせているうちに30分くらいで、JR札幌駅に着いた。札幌に来るのはこれで4度目だが、最後に来たのが高校の修学旅行で、実に16年ぶりの札幌はほとんど初めて訪れるような街だった。以前訪れた時の記憶がまったくなくなっていて、記憶と格闘の中で、一つ思い出したのは、修学旅行の自由時間で、友人達5人くらいですすき野に行くもの、ヘタれてカラオケボックスに入って、普通に歌って帰って来たことだった。以上のような事を思い出しつつ、地下鉄東豊線で大通り駅に向かう。地下鉄の駅からライブ会場のOYOYOに向かう時に雨はますます強くなっていた。会場に入ると、今回のオーガナイザー中田さんが迎えてくれた。メールのやりとりの中で想像していた中田さんとかけ離れてルックスだったので驚きつつも平静を装い店内を見渡した。窓からみえる少し草臥れたビル群が目に入る。この景色だけを切り取りと日本のどこにいるのか分からないし、横浜にいるような気がした。少し疲れていたので、デカビタCを飲んで休憩していたら、リハーサルの準備が出来たということなので、早速セッティングに取りかかる、大きめの机なので、逆に機材の配置に困ったりした。低域が少し弱く感じられたが、それが逆にいい方に作用するかもしれないと思いつつサウンドチェックを終えた。『五丈原』というラーメン屋という三国志好きにはたまらないネーミングのラーメン屋に行きたかったのだが、少し遠いというので断念し、近くのラーメン屋で塩ラーメンを注文したが、味は普通だった。45分のライブセットを終えて打ち上げはインドネシア料理の店。程よい疲れが、酔いを回してくれ、楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、朝の3時頃にまた店を変えて、その日はおしまい。
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2012年06月28日

再び古代史へ

ここ数週間は古代史関係やら、邪馬台国関係の本ばかり読んでいたので少し読書傾向が偏りすぎていると思ったので、『デシャンは語る』(ちくま学芸文庫)を購入これで、しばらくは古代史とはお別れだなと思ったのだが....けっしてこの本が面白くないという訳じゃないんだけど、刺激が足らない。。気付いたら、本屋で古代史関係『万葉集に歴史を読む』(ちくま学芸文庫)を買っていた。そして読み進めると、タバコを吸っているような幸福感に包まれるのだった。土日はスタジオにこもってゆっくりと音の実験をしていて、色々と機材の配線の仕方とか順番とかを工夫して変えてみたり、マイクプリを変えてみたり、と有意義な時間で作曲の方も調子も良く、機材で溢れかえったスタジオの中で工学博士のような孤独な時間を過ごした。日曜日の夜は小野寺唯君主催の西荻窪飲み会に誘われ、久しぶりに『赤い鼻』に行った。店主が倒れてしまって、台湾人の若い人が切り盛りしているとの事だったがたしかに以前より料理も美味しくなり、メニュー数も増えていてよくなっていた。猫も太ったようで、一体今まではなんだったんだろう。ユーロ2012準々決勝を2試合続けてみたが、フランスは大きくみるとジダンが偉大すぎたのか、またも内紛があったみたいで、対スペイン戦ではリベリーだけが奮闘しているような...スペインはわざと手を抜いて省エネサッカーをしているだろうか、だとしたら凄い。あまりに退屈な試合。イタリアはいつなく攻めていて今大会で観てて一番面白いのだけど結果でけみると1試合しか勝ってない。1勝3引き分け、結果はいつものイタリアというのが面白い。
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2012年03月29日

2010年 5月27日 ショルンドルフ

『to rococo rot』のバンドカーで次の街ショルンドルフに移動できるはずが手違いで、バンドカーには乗れずに電車で移動しなければならないことになってしまった。そして朝起きてすぐ、ドレステンでの宿泊所から路面電車で駅に向かいチケット販売所でショルンドルフへの切符を買った。購入は簡単だったが、乗り換えが4回もあり、しかも予定通りついたとしても、到着は午後7時くらいで、ちょうどサウンドチェックの時間だ。ショルンドルフはシュトゥットガルトの近くでドイツの西側なので、ドイツ横断の旅。9時間くらい電車に乗ることになる。ドレスデンは晴れていて、途中どこかで雨が降り出した。車内ではこの旅を象徴するような一つの言葉が頭から離れなかった。『人の一生とは、重き荷物をしょって、遠き道を行くがごとし』徳川家康の名言だ。実はこの言葉には続きがあるのをこの時点では迂闊にもしらなかった。それはいいとして、この旅に持って来てしまった荷物の重量は40kgを超えていた!機材と物販用のCDと何故か退屈しないように持ってきた本と。結局本は読まなかったり、どこかの街で途中で捨てたりしたながら、少しずつ荷物を減らした。後悔しているのが、分厚い『ユリシーズ』(ジェイムズ・ジョイス)結局読まなかった。。(そしてこの文章を書いている2年たった今もまだ読んでない。。。)と『地球の歩き方』。なんとか雨のシュトゥットガルトまでは到着して、予定されたサウンドチェックの時間に間に合わないという旨の電話を駅でいれようとしていたら、電車に乗り遅れ、さらに遅れることになった。ショルンドルフへと着く頃には雨が上がっていて、雨上がりの空気が新鮮だった。ショルンドルフは予想より遥かに小さな駅で駅前も急行の止まらない小田急線の駅のような雰囲気だった。(長後くらいと書いても藤沢市の人じゃないとわからないよね..でもホントに長後みたいな雰囲気だった)こんな所にライブハウスがあるのか、しかも『to rococo rot』がライブやるような..時間も遅れていることだし、タクシーでライブハウスまで向かうことにした。駅前から国道に出て、15分くらい経過しただろうか。。歩いて向かったらまた大変な事になるところだった。国道沿いの倉庫群の中に今夜の会場があった。つまり電車で行くような所ではなく車社会なのだ、田舎ってことだ。庭は比較的綺麗に掃除してあって、建物の中はモダンで綺麗だった。そしてまた会場が広い!既に『to rococo rot』のリハは終わっていて、開場30分くらい前だっが、まあ一休みしてからサウンドチェックしたらいいという事になりビールをもらった。ドイツの人達はもっと時間にうるさいかと思っていたが、いい人ばかりで本当によかった。ロナルド・リポックがここに向かう車内でずっと心配していよといいながら真っ赤な顔して話しかけてくる、すでに結構飲んでいるようで、予想以上に陽気な人だ。そのままハイテンションで日本酒は最高だとか寿司がうまいとか、ずっと話しかけてくる。。ああーリハーサルの時間がなくなっていく。。もう時間もないのでラインチェックぐらいでリハーサルは切り上げて、ステファン・シュナイダーも交えて晩飯を3人で食べた。ステファン・シュナイダーが言うにはこの地方でしか食べれないという地元の料理で、煮込まれたスープの中にミンチされた肉が詰まったワンタンのような食べ物だったけど名前は忘れてしまった。まともなご飯を食べたのも三日ぶりくらいだったので、暖かい料理がこんなにおいしいのかと感動してしまった。ライブの時間までまた楽屋でビールを飲みながらロナルド・リポックの酒の話を聞かされるのだった。彼によるとドイツには必ずその地方の地ビールがあるらしく、この地方ではラベルに中世の騎士がイラストされたビールだった。酔いと疲労はピークに達していて、フラフラしながらステージに昇る。昨日よりはお客さんがいるようだった。この日は30分のセットでこのヨーロッパツアーで今思い返すと最高のライブだった。しかしそんな最高の演奏の時に限って録音には失敗してしまう。音楽は本質的に記録されることをきらっているのだろうか。ロバート・リポックでさえライブの後に興奮して話かけてくれたというのに。『to rococo rot』の演奏も素晴らしく、アンコールが昨日より1曲多かった。場所の力だろうか。ポジティブな雰囲気がこの会場とオーディエンスにはあった気がする。ツアーでは苦労して辿りついた場所ほどよい演奏が出来るようなジンクスでもあるのだろうか。こういう日は本当に酒がうまい、毎晩のことだが、かなり飲んでしまい酩酊状態だったので、ヨーロッパのおとぎ話の世界からでてきたような老女がホテルまでのタクシーを用意してくれていた。車で10分くらいのホテルでこの日はゆっくり休むことができた。
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2010年09月27日

2010年 5月26日 ドレスデン

ヨーロッパツアー日記を付けようと思っていたけど、1日書いただけで力尽きてしまった。これは主に自分の怠惰のせいだけど、季節は嵐のように過ぎていき、とにかくあっという間だった。ツアー日記に関して、実はブログで後日アップできるように、手帳に自分用に手書きで書いたものがあるので、前半はそこから文字起こししていこうと考えてるけど、途中で手書きの日記も力尽きてしまったので、手書きで書いていない5月26日からの事も残して置きたいと思い今ようやく筆を起こした。日記風に時系列に書くべきなのか、今思い出せる範囲で書くべきなのか少し迷っているけど、思いつくままにダラダラ書いてみよう。5月26日からは、ドレスデン、ショルンドルフ、ルクセンブルグと三日連続のライブの予定が入っていた。昼過ぎくらいに、ベルリンから電車でドレスデンに向かい、3時くらいに到着した。ドレスデンの駅を降りて目の前に広がる景色は想像とは全然離れていて、日本の地方都市のよくあるショッピングモール街そのままだった。いきなりベルリンの旧東側の共産圏の世界から南大沢に帰ってきたような気分になってしまい。腹が減っていたので、ソーセージを屋台で買った。このソーセージはうまいのだが、とにかくケチャップの量がハンパなく多くて辛かった。地図でライブハウスの場所を確認した所、駅から真っ直ぐ行くだけなので、散歩と観光がてら路面電車は使わずに歩いて向かうことにしたのだが、これが大失敗で重い荷物を運びながら、2時間も歩くことに、途中でドレスデンのお城やエルベ川を見れたのはいいけれど、ライブハウスにたどり着くのに大変な思いをしてしまった。ライブハウスの近くまでくるとさすがに南大沢の雰囲気はなくなって旧東側の下北沢のような感じだった。リハーサルまではまだ時間があった。今日のイベントプロモーターはこれまでとは違って、完全にビジネスライクな人で、何故ならば今日の会場は500人くらいは入りそうなライブハウスだからで、その人に今日の宿泊場所を案内された。ライブハウスの近くに今日の宿泊場所があるのかと思っていたが、バンドアパートメント名付けられたその部屋はフロアの上の階にあったのだ。予定表には単にバンドアパートメントと書かれていたので、今日は馬小屋のような所に泊まるんだろうなと覚悟していたが、部屋は完璧に綺麗で新しく、これまでの旅で一番いい部屋だった。これには完全に予想外。to rococo rotのリハーサルも終わり、いよいよ自分のリハーサルで音の調整。音はでかいがあまりいい音ではなかったので、低域等の調整で時間がかかり、会場時間ギリギリになってしまった。フロアもでかいし、今日は凄い数の客がくるんだろうなと考えていたが、ライブ開始の時間に下に降りてみるとガラガラだった、これまた予想外で、今日はことごとく予想が外れる日のようだ。それでも40人くらいはいるんだろうか。会場が広すぎる。30分くらいの演奏をしたが、あまりウケてないようだった。to rococo rotのライブでも人はほとんど増えず、会場も盛り上がっていなかったようだ。初めてみるto rococo rotはジャーマンプログレッシブというか、クラウトロックの伝統に回帰したかのような演奏でドラムのリズム感が黒人のリズムに影響されていないという今ではあまり聞くことのできないタイム感だったので、そこは興味深かった。ライブも終わりto rococo rotの人達と親睦を深めていたら、これまた予想外の事実に今度は腰が抜ける思いをした。予定では明日のライブ会場まで彼らの車に乗っていけるはずだったのだが、マネジャーによるとそんな話は聞いていないという、とにかく覚束ない英語で話し合ったが、車が小さすぎて現実的には無理な相談だった。しょうがないので、電車で行くことなった。ショルンドルフという街が次の会場だったが、to rococo rotのメンバーに聞いてもどこかわからないくらい小さい街のようで、電車で何時間で着くのかさえも解らなかった。すでにかなり酒が入っていたので、その日は寝ることにして明日の朝早く起きて駅で聞くしかないという状況だった。。。
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2010年05月25日

5/22夜

ナントからパリのモンパルナス駅に到着した時に、乗換のために北駅に向かわなければならなかった。バスの路線図を見てもよくわからないし、地下鉄はエレベーターが完備されてないので、この疲労と荷物を考えるととても使う気になれなかったので、タクシーを使う事にした。黒人のタクシーの運転手はやたら不愛想で、こっちの質問にも答えてくれなかった。タクシーの中では今夜9時キックオフのCL決勝の中継ラジオがかかっていた。今は8時40分キックオフまでの興奮が伝わってくる。ラジオからはモウリーニョやら、バロテッリやら聞き慣れた言葉が聞こえてくるのだった。ノード駅からブリュッセルへの鉄道は10時に出発、前半だけならどこかのバーでみれるかもしれない。ラジオの中継がマドリードからの現地中継に切り替わったときにちょうどセーヌ側をタクシーは渡り、なんだかよくわからないけど、CLの決勝に参加しているかのような錯覚を覚え混乱と興奮を感じ、逆に生きている感じがしなかった。北駅に着き、バーを探した。1件目のレストランはモニターが小さすぎた。通りの向こう側ではアイルランドから来た人達が大騒ぎをしている。詳しくわからないがラクビーのHcupのファイナルもあったようで、駅には銃を持った軍人が何人も歩いていた。2件目にみつけたレストレランでは満席のようだったが、外からモニターが見れた、まだ0−0のようで、ロッペンが見える、バイエルンのキーパーの名前はわからないが、ゴールキックのようだ。その時、中から店員が出てきて、『何が望みですか』と聞かれ、『コーヒーを飲めますか』と尋ねるとコーヒーはもう終わったという事で、隣の店はカフェだからと隣の店に案内された。食事をその店でとることも可能だったけど、少し高そうだったし、ちゃんとした食事をとる時間もなさそうなので、少しの間考えていた。その時すぐ右側で黒人と白人が喧嘩をはじめ、大勢の人達が集まって来た。首根っこをつかまれた白人は泣きそうな顔になっていた。今フランスでは3連休らしく、今日も街全体が浮かれていた。CL決勝の観戦はあきらめる事にして、私はホームに向かった。ライブをするために来ている訳だし、今は試合は見ないで、帰ってからゆっくりみたい気分になった、それにインテルが勝つような気はしていた、ブリュッセルへ向かう電車の中では近くに赤ちゃんを連れた夫婦がいて、赤ちゃんが泣き止まず、快適な旅ではなかった揚げ句途中で何度も止まり、11時23分にブリュッセルに到着予定のはずが、着いたのは12時半をすぎていた。駅で私を待っていてくれた。ハンズも帰ってしまっていて待ち合わせの場所にいなかった。呆然と今日はどうすれば良いんだと思案にくれたが、明日のライブ会場のオーナーの電話番号をメモしていた事を思い出し、電話をかけた。すぐに電話にでてくれて、ハンズが10分後に駅まで向かいにきてくれる事になり、その日の宿泊場所のオフィスまで送ってくれた。ハンズは一通りシャワー等の説明をすると帰ってしまった。その場所はWIFIがあったのでツィッターでインテルの勝利を知った。宇都宮さんのツィートでありがたい事に試合展開がわかった。インテルの優勝を知り、私は目の前のバーで祝杯をあげに行くことにした。今頃モラッティ会長も想像できないくらいの喜びの酒を飲んでいるだろう。外は急に寒くなっていたが、オープンテラスで夜中の3時まで、一人でビールを飲んでいた、となりではじいさんとばあさんがこんな時間なのに飲んでいて、特別な時間ではなくこれがこっちの日常らしい様子だった、店もしまりオフィスに戻ってすぐに寝た。
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2010年03月17日

鮫洲

前回のエントリーのタイトルは『週末』。過去のblogを見えていたら、半年前にも週末というタイトルがあった。その時は金曜日に呑んでていたようだ。そう言えばそういう日もあったなと。昨日は渋谷にレコードを買いに行った。『sun circle』を購入まだ聞けてない。渋谷の街はあたり前だけど、いつ行ってもカオスのようだ。もしくは祭りかな。歩いている人のテンションが高い気がする。西荻を散歩して立ち止まる事はあるけど、渋谷では中々立ち止まらない。今日は仕事で鮫洲に行った。帰りの電車では芥川龍之介の『神々の微笑』と『報恩記』『おぎん』を読んだ。『神々の微笑』は古代史ファンにとっては興味深い。日本の神様とゼウスの会話、これは一歩間違えたらかなり危険な妄想だが、日本的文化の受容方法の問題は現代にも通じる。『おぎん』これは電車の中でしびれた。10Pでこれだけの感動とは。これも恐ろしいまでに現代的。森鴎外を読んでも感じたが歴史をテーマにする事でより普遍的なものに通じていくという不思議さを感じる。『おぎん』の中での犠牲というテーマは前に読んだ鴎外の『護持院原の敵討』のもつテーマとどこか通低するものがあるように感じるが『おぎん』の方が作者の精神のようなものが小説に出てきてしまっているように感じた。小説はもうどうでもよくて、実は今日ブログを更新したのは、インテル対チェルシーの対戦があるから。去年はインテルCL敗退のショックで会津に行ったのだが、あれから1年。時が経つのは早い。今年はどうなるんだ。そして敗退したらどっかに行こうかと思いつつも今年は勝ち抜ける気がする。


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2010年03月15日

週末

春の訪れを感じつつ、冬が終わってしまう事への不安のようなものを覚える。30歳を超えたら、何故か冬が好きなった。もしかしたら、以前から冬が好きだったのかもしれないが、意識していなかったのかもしれない。春や夏が嫌いな訳では当然なく、夏の訪れは実は楽しみにしている部分はあるのだけど。冬は自分にとって制作に没頭できるいい訳になっているのかもしれない。冬眠せよ!家にいて大人しくしろ!と言われているようだ。そんな制作の時期も終わり、春が訪れようとしている。善福寺川沿いを半年振りに歩いた。シロサギが優雅に川を歩いている。橋の上でしばらく黄昏れていた。日曜日なので、親子で犬の散歩している人が多い。30歳代くらいの若い母親と小学生くらいの女の子。小さい犬を連れている、橋の上で、立ちすくむ自分をこの犬と女のが珍しそうに見ている。そう言えば髭全然沿ってなかった。怪しかったのかな。
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2010年02月28日

ピアノ録音

一ヶ月ぶりに会うシバテツさんは髪の毛を短くしていて、別人のようにさわやかだったので、一瞬気づかなかった。この三ヶ月月末には上野の国立劇場の上にある音楽資料室で、ピアノの録音が恒例となっている。三ヶ月前はたしか、年末で、帰りにアメ横に行った記憶が残っている。その時はたしかアメ横で、パンクの人が着けているいるベルトを衝動買いしてしまったが、未だに一度も使っていない。Tシャツの季節になったらつけてみようかな。一ヶ月前はたしかもの凄く寒かった気がする。今日は春の訪れを感じさせる暖かな日で、ナントカバレエ団の公演とかでお金持ち風な人達に混じって国立劇場へ。録音を終えて帰りの山手の線で久しぶりに小説を読む。どうも小説を読んだ時にブログを書くらしい。森鴎外の山椒大夫。実はまだ読み終わっていない。これから続きを読もうかとおもっていて、何故今日これを読もうと思ったのかというと昨日テレビで、志賀直哉の小僧の神様の番組をやっていたから。私の1冊という番組だった。そういえば高校生の時に小僧の神様を読んだなと思い出しつつ、私もなんか久しぶりに小説が読みたくなり、長編を読む気力もないので、短編にしようと。三鷹に越してきたので、太宰でも読もうかと思ったけど、なんだが気が重くなりそうなので、出かけるときに玄関にあった文庫の中からいつも気になっていた山椒大夫を手に取った。この作品は人買いをテーマにした作品であるというのは覚えていたけど、昔読んだ時とはまったく違ってグイグイと作品に引き込まれていく。安寿と厨子王のに感情移入しすぎて、なかなか読み進まない。そのうちに三鷹まで着いてしまい、家に帰ってすぐにネタ作りを始めてしまって、今blogを書いている。
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2010年01月18日

奈良日記

奈良に向かうJR関西本線の車窓から見える風景はまさに古代の大和。私には、弥生人のような服装の農夫まで見えているかのようだった。雨の中私は新幹線で名古屋に向かい、そこからはJRのローカル線を乗り継いで奈良を目指した。途中四日市で、40分の足止めを喰らう。雨の四日市から見える風景は工場地帯だった。そのまま電車を待ち、次は亀山でまた45分次の電車を待つ事に。亀山では途中下車をし、駅の目の前の食堂へ、鄙びた雰囲気で玄関からおかみがこちらを見ている。入りたくなかったが、何故か入ってしまう。ここで、亀山名物味噌焼きうどんを食べる。これは実はそんなにうまくない。特に食後に味が濃すぎるのか、口の中が異様な感じになる。コーラで洗い流す。この亀山からの車窓が絶景だった。いつか乗った会津鉄道にも劣らず、素晴らしい風景が。いくつかの山を越えると、そこは伊賀や柳生の里。まさかここで、柳生に行けるとは。よく調べずに来てしまったので嬉しい驚きと共に運命を感じるのだった。しかし奈良路を急ぐ私は、途中下車ができなかった。この先もまた絶景。木津川が窓の外に広がる。笠置付近が特に素晴らしい。4Mくらいはあるのではという巨石が河原にゴロゴロしている。雨と電車酔いで虚ろな状態であったが、奈良についたのは16時半、名古屋を出たのは12時半だったので、4時間かかった事になる。さすがローカル線。遠くまで来たもんだ。桜井方面に古墳を見物に行きたかったがこの雨と時間、断念し、パステルレコーズに向かい、寺田さんと会う。お茶をしてその後猿沢池や、奈良町見物。東大寺には何故か行かなかった。小雨と靄がかかった奈良の山々は眺めるだけで充分。その日は寺田さんと酒をのみ、明日の古墳見物に備えるために、早く寝てしまった。居酒屋で仕入れた情報によると私が目指す箸墓古墳は不便な所にあるということだが、あの関西本線に比べれば、私は既に40分待ちに慣れてしまったのだった。そして朝の6時に起き、7時は宿を出発、待望の古墳見物に行く。巻向でのホームから左側にこんもりとした丘と原生林がある、あれが箸墓だろう。駅を出てその丘を目指す。この後生まれて初めてみる古墳に圧倒されるのだった。言葉にできない。。。。。。。。。。。。何の変哲もない国道の脇に普通の住宅地の中にそれは、ただの空き地のごとく、存在しているのだ。箸墓古墳の入り口のすぐ脇には保育園がある。子供が泣いている。鳥居の前で私はレコーダーをセットし、フィールドレコーディングを始めた。そして今、そのフィールドレコーディングを素材にして作った曲を聞きながらこれを書いている!!!!
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