2014年08月10日

神戸・姫路城

ロー・ボルジェス

神戸の街に着いた時、車中で流れていたのはロー・ボルジェスだった。街は花火大会らしく、小雨の中でも浴衣姿で溢れていて、しかしロー・ボルジェスはミナスジェライス州出身で、あのミネイロンの惨劇のベロオリゾンテの人だった事も思い出した。ブラジル音楽にはほとんど馴染めなかったのだけど、ミナス系だけは好きだったので、今度のw杯でもミナスジェライス州が会場に含まれている事に興奮したものだったが、あのような事になるとは誰が想像できただろう。涙にくれるブラジル人の映像を観るのがつらくなり、ツィツターをチェックしていると、ドイツ人達が喜んでいる!世界中では惨劇と呼ばれているが、ドイツ人にとってはベルオリゾンチの歓喜といっただろう。なんとステファン・マシュー先生も喜びのツィートをしていた!

50年サッカーに接しているが、私が見た中で最も衝撃的で驚異的な試合だった。
                            ゲーリー・リネカー

i am a cat

フェデリコ・デューランドが日本に着ていた時、彼に日本文学で一番好きな本は何かと聞いたときの答えがこれである。i am a cat ? 何のことだろうと思ったが、Sousekiと彼は続けて言ってくれたのですぐに『吾輩は猫である』の事だとわかった。ラップトップメインでのライブは久しぶりで、このところギタードローンでの演奏が多かったのでだが、神戸に来る二日目にライブの準備をしていたところ、突然安西先生に跪く三井君のごとく、ラップトップでライブがしたいです的に開眼、ヘヴィで、重厚で、神聖なドローンを演奏する事となった。先生がキーワードであったので、夏目漱石の『こころ』から、連想しフェデリコの事も思い出しながら、私はこの曲を『i am a cat』と名付けた。このところ、ライブの日は何故だが雨の日が多い、この日も雨だったが、会場のspace eauuuのロゴからして、雨粒が涙になっているデザインであるくらいなので、雨の日の湿気が会場に充満している方が気持ちがよいとさえ言えそうだと思いながら、花火の炸裂音の中『i am a cat』を演奏した。

姫路城

吹田のサービスエリアで撮った羽柴秀吉の写真がインスタグラムで”いいね”が付かないという状況からして不穏な空気が満載であったのだが、果たして姫路城とはいかなるものか、ライブ帰りの物見遊山。聞き慣れない熊蝉の大合唱で目が覚める、昨晩の神戸のライブのあと、疲労困憊の中、JR山陽本線で加古川のSpeelland君の家まで一晩の宿を借りに着ていただった。ここから姫路までは電車で10分ほど、途中には大河ドラマ『軍師官兵衛』で知った御着もある。御着の方にも城跡があるようだが、今回はスルー。姫路に着くと探すまでもなく、真正面に本丸が見える、調べたところ駅から2kmとの事である。近づくにつれその異様なまでの白さが目につく、真っ白な城とは、ここまで異様かつ威圧感のあるものか、総堀の中までくるとさらにはっきりと目に映るのだが、改修されたばかりの姫路城こと白鷺城は買ったばかりの池田良司のCDのジャケットのようであった。内堀の中まで入ると広場があり、お城祭りなる謎の祭りの最中で、仮説のステージがあるのだが、荒井由美の卒業写真のレゲエバージョンが爆音でかかっている。。この曲は嫌いではないが、これでは雰囲気もブチ壊しである。改めてこの荘厳な城には現代音楽か、アンビエントドローンが似つかわしいとかなり個人的ではあるが、そう思ってしまった。このお城をバックにした広場でアンビエントフェスなど出来たら素晴らしいことだろう。そんな事を考えながら、小雨の蒸し暑い中、ビールを我慢しつつ、本丸のある小高い山に向かう。西の丸の百間廊下、この防御施設も江戸時代からのものである異様な蒸し暑さで、当然ながら過ごしやすい快適さではなく、防御能力を優先しているのだなと実感した。残念ながら本丸の中はまだ改修中で入れないなかったのが、目の前にある石垣や城が400年前からここにあるだという事実こそが、異様なまでの感動を与えてくれるのだった。建築物というものも時代の必要性の中から生まれてくるものだろうけど、例えば六本木ヒルズが400年後に残っているのだろうか?などと思いつつ、お城祭りの屋台で志方牛のステーキとビールで姫路を後にした。
posted by chihei at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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