2013年07月04日

名古屋、神戸ツアー

ここはどこだろうか。二日酔いと寝不足で頭が割れそうだった。館内放送で9時に起床とやかましい。薄暗いの大広間で、四方を囲む壁は茶色く爛れてみえる。棺桶のような台をベッド変わりに、それが100台くらいあるだろうか。それでも寝れるだけましかなと、思いつつ、昨日の夜温泉に入った後にここに辿りついたのを思い出す。遠くに満月をみながら、深夜2時から温泉に入ったのだった。ここは名古屋の健康ランドだった。およそ21世紀という事が信じられないような、うさん臭い真っ赤で巨大なシーサーに迎えられて、所々電灯の切れている、昭和風の温泉街風のネオンに迎えられ、大衆演劇の大量のポスターに、怖じ気づきながら、我々はどこか未知の戦闘領域に迷い込んでしまった小部隊のように、健康ランドのカウンターに立っていた。電話で確認した料金よりさらに安く泊まれる事になった、これがツアー第一夜の寝床を確保した瞬間である。名古屋を後にし、我々は車で四日市から奈良、滋賀の山の中を突っ切る新名神高速道路を走って神戸に向かっていた。こんな道路がもし戦国時代にあったなら、関ヶ原の戦いはまったく違う場所が戦場になっただろうし、壬申の乱もまた違った様相になったんだろう。人間の壮大さと歴史に思いを馳せつつあった。そして今回のツアーでは音楽の”形式”と”内容”が思考のテーマだった。ベケットの言葉で、"「形式が内容」であり「内容が形式」"ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』というこの有名な一節が頭の中で何度もグルグルと回っていて、長良川を渡ったあたりで、神戸でのライブのアイデアが浮かんだのだった。"「形式が内容」であり「内容が形式」"であるドローンに向けて思考の最初のきっかけを得たようなそんな感じがした。神戸に着いてすぐに会場入りし、恐らく1時間以上綿密なリハーサルの時間を過ごした。いくつかのパートに分かれたドローンの素材を自在に時間の流れを横糸し、同時にいくつかの音素材を響かせる事を縦糸にし、フィードバックを頻繁に挟んだ迷宮のようなドローンこれがその日辿り着いたアイデアだった。ブロック分けされた素材が忘れていた記憶が蘇った時のように、終わりも始まりもなく、現れる。私はこれをライブ版"Alone By the Sea"と取りあえず名付けてみる事にした。神戸でのライブではそこにエレクトリックギターでその場でいくつかのループを作り、執拗に繰り返される似たようなメロディをさらに加えた、ライブでしか出来ない事、ライブでやるべきというのが自分の信条で、音楽を聴くというよりも体で体験するといったそういった状態に持っていければとは思った。今度の7月10日のリリースパーティーでもこのライブ版"Alone By the Sea"をさらにブラシアップさせて上演する予定。
posted by chihei at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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